後悔の社会的伝播と能動的探索の最適化: 後悔を語り合うことで選択はどう変わるか
researchmap ↗新規事業の立ち上げ、採用活動、あるいは個人の就職活動や住居探しに至るまで、最初からすべての選択肢が目の前に並んでいるとは限りません。私たちは限られた時間や金銭を使い、自ら情報を集めながら「候補集合」を形成し、その中から最善と思われるものを選んでいます。この「候補集合を作る段階」において、人は「幅」と「深さ」のトレードオフに直面します (Moreno-Bote et al., 2020)。より良い選択肢を見逃さないためには、探索範囲を広げて多くの選択肢を浅く調べる (幅の探索) 必要がありますが、そうすると一つひとつの候補を吟味する時間は減ってしまいます。一方で、少数の選択肢を徹底的に精査すれば (深さの探索)、候補集合内では良いものを選べますが、そもそも候補集合に入っていないもっと良い選択肢を見落とす危険性が高まります。候補集合に入れられなかった選択肢は、最終的に選ぶことができません。つまり、この「幅と深さの資源分配」をどう最適化するかは、意思決定の質を左右するのです。
「後悔」は情報探索を最適化する学習シグナルである
これまでの研究で、人がこの「幅」と「深さ」のバランスを学習し、次回の情報収集を調整するプロセスには、私たちが日常的に経験する「後悔」という感情が深く関与していることが明らかになっています (Sumida & Muramoto, 2026)。
この後悔には、明確に異なる2つの性質が存在します。一つは、「もっと他の候補も広く見ておけばよかった」という幅不足に対する後悔。もう一つは、「あの候補をもっと徹底的に調べておけばよかった」という深さ不足に対する後悔です。
人は選択を行った後、まだ見ぬ領域に存在したかもしれない「より良い選択肢」を反実仮想し、あるいはすでに調べた候補群の中での「見落とし」を反実仮想します。これら2種類の後悔は、単なるネガティブな感情ではなく、次の選択機会において「次はもっと幅広く探そう」「次はもっと一つを深く吟味しよう」と、探索戦略を調整するための学習シグナルとして機能しています (e.g., Sumida & Muramoto, 2026; Sumida et al., 2026)。
個人内で生じる感情から社会へ:後悔の「伝播」がもたらすもの
今回採択された研究プロジェクトは、この後悔の学習効果を個人の内側だけで終わらせず、「他者との社会的共有」という次元へ拡張する試みです。人は極めて社会的な生き物であり、感情経験の約90%を他者と共有し、その連鎖によって1人の感情経験が50人以上に波及することもあると言われています (Rimé, 2007; 2009)。中でも「後悔」は、日常会話において最も頻繁に語られるネガティブ感情語です (Shimanoff, 1984)。さらに重要なことに、他者から聞いた後悔のエピソードは、他の感情 (喜びや悲しみなど) のエピソードに比べて、聞いた側(受け手)の行動を変容させる力が強いことが示唆されています (Quisenberry et al., 2015)。つまり、後悔は個人の中で完結するものではなく、語られることによって個人間で探索方略に影響を与え合っている可能性が高いのです。本研究では、このメカニズムを解明するために、3つのアプローチを実施します。
他者の後悔が「聞き手」の探索を変えるか (研究1a)
他人の「幅の後悔」や「深さの後悔」を聞いた人は、自らの意思決定において、その後悔の性質にどのように影響されて情報探索のバランス (候補集合のサイズや資源分配) を調整するのかを実験で検証します。
後悔を語ることが「話し手」自身の選択を洗練させるか (研究1b)
後悔を他者に共有するという行為そのものが、話し手自身の認知を整理し、次の探索方略の調整を効率化するのかを検証します。また、幅と深さのどちらの後悔がより社会的に共有されやすい (語られやすい) のかを測定します。
実社会における後悔の波及プロセス (研究2)
調査を通じて、実生活のどのような文脈で、誰に対して後悔が語られ、それが聞き手の行動にどう影響を与えたのかを追跡します。これにより、社会に流通する「失敗の語り」がどのように集団の探索行動を形作っているのかを明らかにします。
まとめ・最後に
この研究が明らかにしようとしているものを、仕事や生活の場面に置き換えるとイメージしやすくなります。たとえば、就職活動を控えた後輩が、先輩から「もっと他の業界も見ておけばよかった」という話を聞いたとします。この研究の考え方に基づけば、後輩はそれを「幅の後悔」として受け取り、自分の視野を無意識に広げる方向に調整すると考えられます。一人の後悔の語りが、聞いた人を通じて連鎖的にさらに広がっていくことも知られており、一つの経験が組織や世代を超えて役立つ知恵になっていく可能性があります。
また、後悔を話すこと自体に前向きな意味づけができるようになるかもしれません。今は「後悔を話す」というと、単なる愚痴や気持ちの整理として扱われがちです。しかし「話すことで自分の次の判断が上手くなる」のだとすれば、後悔を語ることは、失敗を隠すことではなく、自分自身のためのツールとして捉え直せます。
さらに、今の社会ではレコメンドアルゴリズムが候補を絞り込んでくれる場面が増えています。ただしアルゴリズムは、これまでの行動データをもとに候補を出すため、自分がまだ知らない選択肢はそもそも視界に入りません。人が感情を言葉にして語り合えるという能力は、この限界を補う手段になり得ます。他人の後悔を聞くことで、未知の領域を反実し、自分の探索を広げられるからです。
まとめると、この研究は「後悔は消すべきネガティブな感情」ではなく、「人と人との間で情報探索のノウハウを伝える媒体」として捉え直そうとする試みです。一人の失敗で生じるネガティブな感情が、なぜ頻繁に語られるのか、そして語られることで個人間の選択を、そして集団としての失敗に対するナラティブを形成していくプロセスを解き明かします。
