恋は「バラ色の人生」をもたらすか?─恋愛感情想起による視知覚への影響検討─
researchmap ↗「バラ色の人生 (La vie en rose) 」「恋は盲目 (Love is blind) 」。恋愛によって人が感情だけでなく、当人を取り巻く環境の捉え方など思考のレベルでも変容しうることは、古くから文学・芸術をはじめとして広く語られてきた。このような背景に対し、愛、特に恋愛は、単なる親密さや好意と異なる独自の影響を持つことが、認知心理学などの実証的な領域で示唆されている。
そうした認知心理学領域の恋愛研究でも、上記の文学的表現に関連して、「色」の知覚を通した検討が見られる。それは、より恋愛的魅力を感じる要因として、対象の顔色や服装の色が関係しているという研究である[1][2] 。これらの研究から、色の知覚が恋愛に特定の関係を持つことがうかがえる。
他方で、人の認知機能は、恋人や片思い相手といった恋愛対象との関係性に応じて、恋愛の経験から異なる影響を受けることも示唆されている。例えば、恋愛対象に選択的注意が偏り、その他のことに対する注意配分が低下することや [3] 、長期記憶の想起のされやすさが、恋愛対象との関係性に影響を受けていることなどが挙げられる [4] 。このことから、上記のように恋愛と、色と関連する視知覚が特定の関係を持つことは示唆されているが、その関係性は、注意や記憶と同様、経験される恋愛の内容に依存することがあるのではないだろうか。つまり、「バラ色の人生」といったような特定の色と恋愛の関連性にとどまらず、様々な色の知覚について検討することで、恋愛という体験の特性や意義を深く理解する助けとなるのではないかと考えた。
本研究は、個々人が恋愛によって惹起される感情「恋愛感情」が、冒頭の表現に関連する色の知覚と対応しているかを、認知科学的手法を通して検討する。
筆者はこれまでの研究で、恋愛感情を想起した時に色の印象評価が変化するかという検討を行ってきた。その結果、恋愛感情の想起により、色の暖かさや冷たさといった温度感に対する評価が、一部の色で変化することが示唆された。しかし、その変化の個人差は、想起した恋愛体験の感情的特徴(幸福、悲しみ、罪悪感など [5])だけでは十分な説明には至らなかった。また、恋愛感情の想起には、想起内容の時間的要因、関係性、親密さなど、様々な要因による個人差が生じる。想起内容の要因に対する統制など、心理学的に恋愛感情をどのように捉えるかについて、考察の余地が残る示唆も得られた。以上の結果に対して、筆者は恋愛感情の認知心理学的な特性をより意識したアプローチをとることで、恋愛感情と色温度感評価の関係性を説明する適切なモデル構築につながると考えた。
そこで現在は、恋愛感情と視知覚の関係を、より直接的に調べる研究手法を構想している。具体的には、恋愛感情の想起時、色や物に対する選択的注意の特徴や美的評価の傾向を、視線計測によって調査する。恋愛感情を想起した状態と、友人関係など恋愛感情を伴わない人間関係の想起状態の間で、視線と美的評価を比較する。この実験を通して、恋愛感情が視知覚にどのような影響を与えるのかを実証的に検証し、またこれまでの調査と併せて、色の見え方に対する影響を再考する。
この研究が目指しているのは、「恋愛と人の視知覚はどのような関係か」を描き出すことだけではない。筆者が意識しているのは、「人が持つ哲学的・実存的な思想や問いは、人の世界の捉え方とどう関わるか」という、より大きな問いである。多くの文学作品などで語られるように、恋愛は、人の生き方・思想・時には死生観にすら影響を与える体験である。この体験をどのように認識し、その意義をどう表現するのかを、実証的な立場から捉えることは、認知科学・心理学における意義だけでなく、哲学的な示唆を得ることも期待できると筆者は考える。
この研究は上記のような学術的意義にとどまらず、実社会に対しても成果の還元が可能であると考える。本研究を遂行することにより、先述の問いに対する示唆が得られれば、実社会に対して「深化した他者理解に基づき、人と人が結びつく人間社会」というビジョンを、恋愛という観点から提供できると考える。
情報技術が著しく発展した現代日本において、恋愛における人々の関心ごとは「出会うこと」であり、その後の関係性や親密感も、出会った際の感触や当人たちの属性に依存していると考えられているような風潮がある。それを象徴する現代の文化として、恋愛関係を築く(恋愛感情を体験する)ための媒体として普及している、マッチングアプリをはじめとする各種ソーシャルメディアが挙げられる。古くから文化的に取り上げられつつ、その様相を変化させてきた恋愛は、激しい感情体験や、一種の閉鎖的な関係性など、時代を越えて共通する要素がある。上記のようなソーシャルメディアを通した恋愛の潮流は、こうした共通要素を効率よく体験することに貢献していると見ることもできる。
しかし、筆者は恋愛、ひいては筆者の推進する研究テーマを通して、自身や他者を取り巻く世界の見え方と考え方を少しでも理解する知見を追求している。恋愛を娯楽やライフイベントとして捉えるだけでなく、現在の自他を構成する要素として向き合い、またそこから未来を創出するための手がかりとして見つめなおす提言として、本研究が社会に貢献できることを希求する。
