神話はなぜ人を動かすのか――本居宣長・平田篤胤から考える共同体と死生観
researchmap ↗神話は「昔話」なのか
私たちは、なぜ神話に意味を見いだすのだろうか。世界はどのように始まったのか。自分たちはどこから来たのか。人は死んだらどこへ行くのか。神話はこうした問いに答えながら、人びとが自分自身や社会、生や死を理解するための枠組みとして働いてきた。
私が研究しているのは、江戸時代の国学者、本居宣長(一七三〇―一八〇一)と平田篤胤(一七七六―一八四三)である。二人は『古事記』『日本書紀』などの神話を読み解いたが、彼らが知りたかったのは遠い古代だけではない。神々の時代を手がかりに、今ここにある世界や、そこに生きる自分自身を理解しようとした。
私のこれまでの研究も、神話が「現在」と結びつく場面を追うことから始まった。宣長における米と共同体、死後世界としてのヨミ、篤胤におけるウブスナ神。この三つは一見別々の問題に見える。しかし、これらの研究を通して見えてきたのは、宣長と篤胤が、神話の解釈によって、遥かな神話世界と自らの日常生活とを架橋していたということである。
毎日の「米」が神話と人をつなぐ
最初に注目したのは、宣長が稲をどのように捉えたかである。宣長は『日本書紀』に記された「斎庭之穂」という稲穂の神話を積極的に読み込み、稲を皇祖神から人びとへ与えられた「恩頼」と位置づけた。
ここで重要なのは、稲が十八世紀の人びとにとって特別な儀礼のときだけ目にするものではなく、日々口にする食べ物だったことである。宣長は新嘗を、神や天皇だけでなく「下々」の人びとまでが新穀を食する祭りとして読み替えた。神代の神、天皇、そして日常的に米を食べる人びとが、一つの物語のなかで結びつく。
私はこの解釈を、宣長による「米食共同体としての皇国」の創造と捉えた。幕府や藩、身分の違いによって分かれていた社会を越え、「同じ稲の恩恵を受ける人びと」という共同体が想像されたのである。古代の王権神話が、そのまま保存されたのではない。近世の日常生活と接続されることで、新しい共同体像を支える神話へと作り替えられていた。
死は悲しい。それでも、その先は分からない
宣長についてもう一つ研究してきたのが、死後観である。
宣長は、人は死ねば暗く穢れたヨミへ行き、死は悲しむほかないものだと語った。仏教の浄土や地獄のように、人間が死後について理屈を作り上げることにも批判的だった。そのため宣長の死後観は、救いのない悲観的なものとして理解されることが多い。
しかし『古事記伝』を詳しく読むと、事情はもう少し複雑である。宣長は神話のなかに、「悪はあっても、最終的に善に勝つことはできない」という「妙理」を見いだしていた。ヨミも単なる悪の終着点ではなく、そこから善が生まれうる場所として読み直されている。死そのものは悲しい。それでも、人知では予測できない「思ひのほか」なる展開がありうる。私は、宣長が神話解釈を通じて、こうした二面性を持つ死後観を構想したと考えている。
ここでも神話は、過去についての説明ではない。避けることのできない死を、今を生きる人間がどう受け止めるかという切実な問いに関わっていた。
身近な神が、生者と死者をつなぐ
宣長の後を継いだ平田篤胤は、この死後世界をさらに大きく組み替えた。篤胤は、人間の霊魂は死後も「幽冥」という目に見えない世界に存在し続けると考えた。そして、人間は死後も、子孫や自らと縁のある人びとを守ると考えたのである。
では、こうした壮大な死後世界は、普通の人びとの日常生活とどのようにつながるのだろうか。私が注目したのが、ウブスナ神である。ウブスナ神は出生地や地域と結びついた神で、近世の人びとにとって身近な存在だった。篤胤も、ウブスナ神を日々拝むべき神、人びとの生活を守る神として説いている。
さらに篤胤は、ウブスナ神にそれまで以上に大きな役割を与えた。その契機の一つとなったのが、前世の記憶を語った少年・勝五郎との出会いである。篤胤は勝五郎から生まれ変わりの体験を聞き取り、勝五郎が前世で死んだ後、次の生へ導いたという老人をウブスナ神だったと解釈した。そこから篤胤は、ウブスナ神が現世の生活を守るだけでなく、人間が生まれる前から死後まで、その生死に関わる神だと考えていった。
しかし、篤胤がしたのは身近な信仰をそのまま記録することではない。彼はウブスナ神を、世界生成の根源にあるムスビの神々、人間の死後を統べるオホクニヌシへと連なる神話的世界秩序の末端に位置づけた。篤胤の構想では、ムスビの神々の意志のもとでオホクニヌシが死後世界全体を治め、さらに一人ひとりの生死を身近なウブスナ神が担当することになる。
こうして、日々暮らす土地で祀られている神と、遥かな神代の神々とが一本の線で結ばれた。一人ひとりの生と死もまた、ウブスナ神を媒介として、神代から続く巨大な世界秩序のなかに位置づけられる。篤胤は民間の信仰や死者についての語りを神話のなかへ組み込み直すことで、普通の人びとの日常と死後に新たな意味を与えようとしたのである。
神話はなぜ人を動かすのか
これまで別々の問題として研究してきた宣長の「稲」、宣長の「ヨミ」、篤胤の「ウブスナ神」を振り返ると、一つの共通した構造が見えてくる。それらはいずれも、遠い神代の物語を「今ここ」の生活へと結びつけるための媒介だった。
神話が人を動かす力は、古い物語のなかに最初から固定されているわけではないのではないか。誰が、どの時代に、どのような問題を抱えながら神話を読むのか。そして神話を、食べること、死ぬこと、地域で生きることといった日常的な経験へどう結びつけるのか。その解釈のなかで、神話は現在に意味を与えるものへと生まれ変わる。
今回の研究では、これまで個別に検討してきた問題をつなぎ、宣長や篤胤の神話解釈が、人びとの共同体意識や死生観をどのように形づくり、さらにその後の社会でどのように受け継がれていったのかを明らかにしたい。
人間はなぜ、自分たちの起源を語る物語を必要とするのか。なぜ死や共同体の意味を神話に求めるのか。そして、そうした物語はなぜ、ときに人びとの行動を方向づけるほどの力を持つのか。近世日本の思想を手がかりに、この問いを現代社会にも開いていくことが本研究の目標である。
